休暇明けの再生、そして言葉にできない憂鬱

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とりとめのない話

明日の朝にはもう学校へ戻って授業を受けなければならない。長く見えて、過ごしてみると短かった休暇は、ぼんやりした毎日の中で過ぎ去ってしまった。

休暇が始まったばかりの頃は、まだ休暇についてしっかりと予定を立てていたことを覚えている。実際には何の役にも立たず、その予定に従って毎日を過ごすこともできなかった。それどころか、ただその日暮らしで、食事と睡眠以外にはスマホをいじることしか残っていなかった。

時間が過ぎるのはあまりにも速く、流れ去った痕跡をとどめることなどできない。もし今が休暇の始まりだったなら、もっと有意義に過ごせたかもしれない(嘘)。そんなことはありえない。あと数十時間もすれば本当に学校へ行かなければならず、もう朝十二時まで寝てから起きて朝食を食べることもできないし、夜中の二、三時まで起きて王者栄耀をすることもできない。

学校での日々は退屈で苦しい。退屈な勉強のほかに、読み終わらない教科書もある。これからまだ二年間の苦行が私を待っているのだ。そういえば、これは私にとって最後のまとまった夏休みだ。聞くところによると、高校二年生の夏休みはわずか二十数日しかなく、その後は大学入試に向けた準備に入るらしい。

ともかく、過ぎ去った時間は決して振り返らない。私にできるのは、これからも努力して奮闘し、一日一日を大切に過ごすこと。それが現実的なことなのだ。

さっきクラス分け表を見てみたが、とても失望した。結局、特進クラスとはすれ違ってしまった。最初に成績を知ったときは、まだかなり誇らしく思っていたが、今になってみると、自分ではとても誇らしいと思っていたものも、実は取るに足らないものだった。

それでも私は諦めない。高校三年生でもう一度クラス分けがあり、それが最後の分かれ道になる。十倍の苦労を重ねて、自分が満足できる高さに到達してみせる。

休暇中の古い課題

五十日余りの休暇、何もせず過ごした時間以外にも、私は勉強をしていた。基本的には HTML の簡単な文法を身につけ、CSS の多くの要素も学び、さらに PHP についても簡単に探究した。

特筆すべきなのは、初めてモバイル開発のプログラミング言語(裕言語)を学び、iApp を使って初めてのスマートフォンアプリを書いたことだ(取るに足らないもの)。休暇中には新しいプロジェクトも二つ書いたが、まだ完成していないため、どちらも正式には公開していない。

名前だけはなかなかよく、一つはオンラインツールボックスで、NighTool と名付けた。Night は夜という意味で、Tool は道具という意味なので、二つの単語を組み合わせた。もう一つのプロジェクトはオープンインターフェースで、YeOpen と名付けた。これは多様性のあるオープンインターフェースだが、現在は三、四個しか開発しておらず、安定していないため、正式には公開していない。

新学期が始まってから

高校二年生になり、勉強もとても忙しくなるので、プログラミングを学ぶ時間はあまり取れないかもしれない。このブログも更新頻度が落ちることになり、毎週日曜日にしかパソコンを使えないため、記事を更新できるのも日曜日だけになる。それに気分次第でもある。もし良い記事を書けなかったらどうしよう。

現在の知識の蓄積も一つの壁に達している。突破できなければ、何を書けばいいのかも分からないので、機会次第ということにしておこう!これは新学期が始まる前の最後のブログ記事になる。本当は言いたいことがたくさんあったのだが、パソコンを開いた途端、頭の中が真っ白になってしまった。

何を言えばいいのか分からない。今の気持ちはたぶん、別れの寂しさ、憂鬱、つらさ、そして少しの落胆といったところだろう!

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